
■キャラ設定の仕組み■
朝青龍、沢尻エリカ、亀田一家・・。
ここのところ、“傲慢系キャラ”が出ては叩かれる騒ぎが続いている。
この3者とも、実力と虚像の世界の二種類のスポットライトが当たった結果、スターになった人たちだ。
同じ世界でも、正反対のタイプのスターもいる。“謙虚系”の人たちだ。
斉藤佑樹、石川遼、浅尾美和の“王子(お姫様?)キャラ”である。
「可愛いさあまって憎さ百倍」という。
愛情のなかに憎さがあるように、誰でも、謙虚と傲慢の両方の性質も持っている
ただ世間では、愛情を前面に出すことは良しとされるが、憎悪をむき出しにすることは押さえつけなければならない。
世間の人たちの大部分は、社会に適応するために、嫌でも“謙虚で礼儀正しい”仮面をつけて生活している。目立つ方法ではないけど、最もラクに適応できるからだ。
しかし。自分と同じようなことをやっている人を見てもインパクトが弱い。
実力があって、謙虚で礼儀正しい人は、世の中にはゴマンといるワケだし、スポットライトを浴びせるには、地味すぎる。
亀田戦以前の内藤大助のように、力量があってもスポットライトが当たらない実力者というのは世間に沢山いるのだ。
そこに、自分が押さえ込んでいる欲望を、世間で自由に発散させている人が登場した場合・・。
つまり、自分たちが押さえ込んでいる“傲慢さ”を思い切り発散させ、且つ実力があるヤツが現れたとき、憧れやうらやましさを感じるか、嫌悪するかのどちらかに傾く。
これが「傲慢キャラ」の仕組みだ。
謙虚で礼儀正しい実力派キャラでも、スポットライトを浴びる方法はある。
「実力+謙虚」だけでは地味だが、そこに「若さと美貌」というアイテムを加える。すると王子様系スターのできあがり、ということになる。
王子様キャラには、傲慢な人はいない。
若さと美貌自体が華を持つ。華がある上に、傲慢さを見せると今度は反発をくらいやすくなるからだ。
傲慢系のスターは、世間の多数派である謙虚さを演じている人が、自分の押さえつけている傲慢な部分を代わりに公の場で演じきることにより、ある種のカタストロフィーを感じる。
文句を言わせない実力に加え、歯切れのよい自己主張。それが爽快感を誘うのだ。
和田アキ子や細木数子は、そういったタイプなのではないか。
亀田一家にも、もうすこし彼女らようなバランス感覚があったら、と思う。
傲慢な言動の陰にそっと、周囲への気づかいを見せたり、一瞬弱気な部分照れなどを見せるなどのあれば、もっとスマートなスターになったのに違いない。
ストレート一本やりのピッチャーはいくらスピードがあっても、最終的にはノックアウトされてしまう。たまにスライダーヤフォークでも混ぜてペースを変える演出が必要だ。亀田一家にも、作ってる人たちにも、そういう部分がもう少しあればなあ、惜しい。
亀田一家。現在、リングで叩かれ、リング外でも叩かれている。
いじめられている亀を、助けてくれる浦島太郎を待ち望んでいる状態だろう。
しかし、いじめられる前の亀の態度を見ていたら、浦島太郎は助けるだろうか。
・・なんてことを書いているうちに、亀田興毅が謝罪会見を行った。
父を立て、弟に気を配り、世間の誰に文句も言わず、自分自身を卑下することもない、毅然とした会見だった。
これで上記の“バランス”の部分が解決するだろう。問題は沈静化し、彼に好感を持つ人も増えるのだろう・・。いやはや・・。



