似顔絵川柳byイラストレーター・ヨネヤマフミアキ@アトリエ ユーティリティ1
政治、芸能、スポーツ・・。さまざまな分野の似顔絵に、独自の切り口の川柳のコラボレーション。ほぼ毎週、土or日曜日に更新しようかなと思っていましたが・・・。テキトーにやってます。
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忍者と壊し屋のタッグはいかに〜福田康夫
福田康夫

■福田首相、「権力の乱用」と民主へ怒りおさまらず

福田首相は9日の党首討論で「ひとつひとつに結論が遅い」と小沢一郎氏にブチ切れた。翌日のメルマガでも、「参議院の第1党という権力の乱用」と批判を続けた。

・・とはいうものの、この人の存在感の薄さは何か。
安倍晋三という先発投手がもろくも崩れ去ったための暫定的リリーフ当番、とはいえ、この存在感のなさはスゴイ。

そもそも、“存在感”とは何なのだろうか。露出の度数に比例している場合もあるが、それだけとも言い切れないはずだ。

その人が何が好きで何をやりたく、何に集中してるのか。このことが鮮明になっているかどうか、が大きな問題だろう。当然、風当たりや反発の度合い強い。しかし、安逸よりも主張を優先している人に漂うのが存在感なのだ。

福田は二代目首相。安倍の父も首相目前までいった人。ともにエリートで坊ちゃん風情ただようお方。
変人狂人の度合いは極めて少なく、極めて正統的な道を歩んできた人にみえる。
小泉も三代目の政治家だが、長年政治の世界でも変わり者で傍流を歩いてきた。群れをなすくらいなら、一人でオペラ観賞でもしたほうがマシという一匹狼の変わり者。田中真紀子からは“変人”と評された。

いかにその人が、自分の存在を自分で受け止めているか。人と異なった部分を受け入れているか。自分の孤独を捕らえているかにもよる。自分自身の光と影、長所と欠点をひっくるめたものを受け入れていないと立体感はでないわけで・・・。存在感は、その立体感があって初めて成立する種類の要素ではないか。

“民衆の無意識の力”というのもバカにできない。
本当の危機が来た際には、よくも悪くも小泉のような存在感のある政治家を出現させるものだ。
存在感のない人が総理大臣になっているということは、現在の政治状況が、その程度のものでよい、無意識はそう捕らえているのか・・・。

企業の創業者は強烈なワンマン社長が多く成功する。その下に仕える者は、創業者のいうことを何でも聴くイエスマンが成功する。どちらがよくてどちらが悪いということではない。魅力や長所なんてのは所詮、相対的なもの。成功だとか、才能というのも、相対的偶発的な部分が多く、大きな才能の影には大きな欠点もあるワケだし‥。
福田氏の“存在感のなさ”自体が、ポスト小泉のこの時期の、“首相になれた理由”なのかもしれない。

小泉内閣での官房長官、首相に直言する女房役としての存在感を持った。定評のある実務能力から、「影の外務大臣」などと囁かれた。「秘密主義長官、影の外務大臣、影の防衛庁長官。いろいろ言われるがしょせん影」と自らを語り、官房長官の辞任の際、「風のごとく来りて、風のごとく去ると」と続けた。

彼の場合、“影と風”がキーワードなのか。さらに「存在感がないことが存在感」。
まるで禅問答をやっている忍者のようだぜ。

田中角栄、竹下登、金丸信、細川護煕、羽田孜、渡辺美智雄・・・。手を組んだ者は皆壊れる“壊し屋”
小沢一郎と、“禅問答の忍者”の戦いはいかに。
まるで時代劇の名作“仕置き人シリーズ”を見ているみたいだぜ。
やはり。
二人の調停役をできるのは、藤田まことしかないのかな。


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名伯楽の真骨頂〜野村克也
野村克也_楽天

■楽天・好調開幕スタート

楽天が好調だ。開幕4連敗の後、7連勝した快進撃、一時は初の単独首位にも立った。首位争いをしてもおかしくないチームに変貌した。就任3年目。田尾監督時代からみると、短期での急発展を遂げた野村監督の力量はスゴイ。チーム状況も、“万年最下位”という名の濃霧が散り、好天が見えてきた。

稀代の名伯楽のモットーは適材適所であるという。個々の人材の長所を見抜き、各人が最も輝く場所を提供する。

人は誰でも長所を持つ。
しかし、長所短所というのは、個人個人の主観で変わる。いや、人とういうのはただ存在しているだけ。周囲が勝手に自分たちの状況や都合で価値を変えているに過ぎない。

赤い花がどんなに美しくても、周囲にウンザリするほど赤い花が咲いていれば目立たない。
花ぶりが大したものでなくとも、薄汚れた部屋にあれば異彩を放つ。
世の中のものはすべて相対である。絶対的な真もなければ、善も美もありえない。整理整頓、組み合わせ、強弱のバランスで如何様にもなる。指揮官の醍醐味はそこにある。

「醜いアヒルの子」という童話がある。
これは単に、「変わり者だった子供が成長するにつて美貌を獲得し人生が変わった」というだけの話ではないと思う。「まったく同じ人間でも、今までと違った場所、違った仕事、違った人間関係に移った途端に輝きだす場合がある」ということの暗示を含んでいるのではないか。


バレエの熊川哲也は、幼少の頃から親にバレエを英才教育で叩き込まれたわけではないらしい。いくつかスポーツを渡り歩き、バレエで初めて「これだ」と閃いたという。
漫才の「やすしきよし」の横山やすし。それまで何人もコンビを組んでいたが、すべて彼の凶暴ぶりで解散。やすきよでブレイクするまでは、長続きしない単なる問題児だった。

これらはまさしく化学反応だ。醜いアヒルの子が、「誰でもある日突然、劇的に変化する」可能性があることを示した好例。野村克也は、人為的に選手を開花させる場所を与えることの達人なのだ。

しかし。
安楽な状態のなかでは、問題意識も萎み、化学反応のチャンスにも気づかない場合が多い。
保護状態では、アンテナがどんどんさび付いてくるからだ。豊富な資金があるわけでもなく、超目玉選手が最初から存在しない球団だからこそ、野村の腕の見せどころがある。

その一方、恵まれているが故にアンテナがを錆付かせている球団もある。
歴史や伝統、プライドがまるで皮下脂肪のようにベットリと張り付き、むしろ“智慧を発揮する余地”を与えてもらえない球団だ。欲しいと思う前に玩具を買い与えられる金持ちの子供みたいで、それはそれで可愛そうでもある。

「こういう野球しとれば将来性ある」
前向きな発言が増えたノムさんの采配に、多く視線が注がれ楽しみだ。
え?どこからの視線かって?
楽天だけに、“ネット”越しでしょうか。

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