
■カストロ議長、最高指令者から引退
革命家はカッコイイ。
失敗して夭折してもカッコイイ。
文学的にいえば、成功して生きながらえた者よりも、
若くして散る革命家のほうがが美しいかもしれない。
カストロとゲバラは日本でも人気がある。
この革命/戦闘集団の類型を、日本に見ることができる
だろうか。
新撰組の近藤勇と土方歳三がちょっと近いのではないか。
大局的支店と政治的手腕、体力とタフネスに満ちた近藤とカストロ。
その先鋭体調として、冷徹な組織作りと戦闘能力に秀でた土方とゲバラ。
タフで無骨なリーダーと容姿端麗な参謀といった組み合わせが、
重ねるように思えてくる。
カストロは大学時代のエピソードがスゴイ。
大学で政治活動に参加すると同時に野球部に所属。
投手として米メジャーリーグ選抜を完封する。
同時にギャングでもあり、敵対リーダーを射殺し
「ゴロツキと天才が同居した男」と恐れられた。
すでに伝説の住人となっているゲバラは、
土方歳三と沖田総司を足して2で割ったような男といえる。
幼少からヒドイ喘息持ちなのに、学生時代に激しいスポーツに参加。
プレイ中に度々発作を起したところが、沖田的要素。
イケメンでフォトジェニック、肖像写真がアイドル的に取り扱われており、
冷徹で周囲から恐れられ、ゲリラ戦の手引き書「ゲリラ戦争」を著するほどの
戦争の達人。革命半ば30代で夭折している点が土方的要素。
一つの集団の中に、いくつもの違った個性が同居し、それが融合・離反しあって
輝くというのがドラマツルギーの鉄則である。
ゲバラの人気も、カストロがあってこそだし、
新撰組が時代劇でも異例の人気を誇る理由がそこにある。
ドラマはさておき、現実世界は・・・。
半世紀もの独裁を続けるということは、途轍もないバランス感覚が必要だ。
「社会主義かぶれ」といわれつつ、
“米に抵抗し続けるヒーロー”として思想を問わずに支持されるカストロ。
「革命家は年金をもらってまで生きるようなことはしない。
私はマルクスやエンゲルスやレーニンと一緒に地獄に
落ちるだろう。地獄の熱さなど、実現することのない理想を持ち続けた
苦痛に較べれば何でもない」とも言っている。
生き残ったこのヒーロー。
自分の巨大な肖像写真や銅像は一切飾らず、
夭折したもう一人のヒーローの巨大な銅像をサンタ・クララに建立している。
フィデル・カストロが、新撰組とは違った異次元の、
世界でも稀なる偉人であることに疑いの余地がない。
カストロは学生時代優秀な投手であり、実際にプロを目指していたらしい。
もし彼がプロになったら、どんな投手になっていただろうか。
−−先発完投型ではなく、リリーフエースになっていただろう。
「彼が登場して、仲間の急場(キューバ)を凌ぎます」
・・・なんてのはどうだしょか。

■「腐る発言」の後腐れ
1月末に飛び出した倖田來未の「羊水が腐る」発言。倖田は、7日のニュース番組に出演、自らの発言を涙ながらにわびた。
倖田來未の“羊水発言”。オールナイト・ニッポンでは、他の芸人さんがもっと過激なことをいっているのに、なぜこまで発展したのか。
音声を聞いたが、オープニング・トークでの発言のようだ。彼女としては、歌手というよりも、芸人さんのぶっちゃけトークのノリで軽く話したに過ぎない気がする。おそらく、爆笑問題の大田が同じことをいっても、まったく問題にならなかっただろう。森三中が同様のことをいっても、ここまでは発展しなかっただろう。この発言をしたのが、倖田來未ってことがキモなのだ。
ということは、放送コードや発言禁止などのような、倫理や規定の問題もさることながら、
感情の問題も大きいはずだ。言ってはならないキャラが、言ってはならないジャンルの、マグマがたまっているツボをつついてしまった、という気がする。
アタリマエの話だが、人間には、結局“自分”にしかなれない。“他者”とはすべて、「自分を変形させた相手」を見立てて接しているだけ。恋愛なんかも同じこと。相手の中に自分の変形を見立て、それを強烈に求めるところから派生する。
元来人間には誰でも、「自分が熱望するのに獲得できないモノ」を持つ。当然、それら(容貌、性質、才能、その他)を所持する相手には、強い興味を持つ。その相手も、こちらに興味や好意を示してくれた場合、幸福な気持が光り輝く。拒否されたりすると失望感が暴発する。
一方、自分が熱望するモノを持たない同士では、どんなに頑張っても、輝きも暴発も発生しない。それがいわゆる、“お友達”っていうヤツだ。
マスコミは、いわばイメージの増幅装置として、人々の喜怒哀楽を煽るのが商売。アイドルやスターは扇動師の役割。上記の理由から、熱狂と非難の二重構造の板ばさみになりやすい宿命を持つ。
ビートルズのキリスト発言が類似している・・・。
1966年、メンバーのジョンが、懇意な雑誌記者に何気なく、
「キリスト教はいずれ衰退する運命。今やビートルズはキリスト教より人気がある」との発言。
これが元で、レコード不買運動、コンサートのキャンセルといった大騒動になった。
・・・光が強くなればなるほど、闇も強まるのだ。
「スターはつらいよ」ともいえる。
羊水発言を真に受けて大騒ぎしている人たちと、納豆ダイエットで、スーパーに納豆を買い占めた人たちは、案外、近い系譜なのかもしれない。
さしずめ、倖田が“エロかっこいい”だとしたら、納豆は“クサおいしい”ということになるのか。
あれ、ちょっと違うかな。
そういえば。井上陽水の曲に 「御免」というのがあったな。
陽水⇒「御免」 ならぬ、羊水⇒「ゴメン」。
テレビ局も、謝罪会見のバックにこの曲をかけるくらいの洒落っ気があると、日本の放送業界も、
粋なのかも知れないが・・・。

■大阪府知事選、橋下徹氏の圧勝
元々は、橋下と書いて「はしした」と読んでいたらしい。
「橋の下を通る」のでは、縁起が悪いということで読み方を変えたようだ。
“橋の下”というと思い出すのが「橋の下でで拾った子」という、“実の子ではない”という意味の慣用句。この慣例とは違い、彼自身は7児の父。
“貧乏人の子沢山”が慣用句だが、彼自身は“お金持ちの子沢山”。
ことごとく、慣例とは正反対を行く男である。
現在の風雲児。風雲児で思い出すのは、ちょっと前の堀江貴文氏・・・。
この二人には共通点が多い。
橋下が1969年生まれ。堀江が1972年生まれと年齢も近い。
橋下氏は高校3年まで落第スレスレの成績だったが、一浪で早稲田の法学部へ進む。
ホリエモンもあまり勉強しないのに東大に入り、その後あっさりと中退している。
世間を渡る才能に満ち溢れ、短期間に財をなし、人前に立つことが好きでアピールも上手い。
外見は、両者ともにでもいる青年といったタイプ。しかし、アタマがキレ弁説がたち言動が派手。マスコミ受けするキャラクターの持ち主である。
以前読んだ書物に、勝海舟の言葉としてこんな内容のものがあった。
「幕末の志士には、英傑と謳われる人が多くいた。しかし、時勢が変わったあとに彼らに会うと、“案外平凡な男だな”と感じる場合が多かった。彼らに異能な能力が備わっていたこともあるが、それ以上に“時代”や“勢い”がそうさせた部分が大だったようだ・・・」
世間は、風雲に乗っている人に容易に惹かれ、時勢から落ちた人には、意外なほど冷たい。
人はなぜこうも“勢い”に簡単に左右されるのだろうか。
勢いとは、生命力そのもの。人間は誰しもが、無意識的に死を恐れる。老病死苦に関わるものを徹底的に避ける。老病死苦は静であり止につながり、生を表す“勢い”の正反対に位置する。ゆえに死を恐れれば恐れるほど、勢いがあるものに対して盲従してしまうのではないか。
勢いと同じくらい重要なものとして、“タイミング”がある。
メロディとテンポの関係と同じ。仮に、勢いを維持できた人でも、時代や周囲との波長がズレ始めるとと“鼻持ちならない”存在になる。勢いがある分目立ち、バッシングされ下手をすると転落する。風雲児は大変だ。風雲に乗っている上り坂のときよりも、踊り場に出たときや下り坂に入ったときの凌ぎ方が、凡人の何倍も難しい。
橋下氏は、石原都知事に府知事就任の挨拶まわりをした。約35分の会見でメモを取りまくっていたらしい。石原都知事は、学生時代に小説家デビューをしてから、多少の停滞期を除き、人生の大半を風雲児で生きてきた珍しい人種。風雲児永続のコツまでもメモれただろうか。
この男。
果たして、風雲急を告げるのか、逆に風雲“窮”を告げてしまうのか。
風雲児が府知事になった。その勢いで、不祥事や不埒なことは・・・しないだろうけど。
今後も、楽しみにして見届けたいところではある。

■再試合、柔は剛を制せたか■
地味だったハンドボールというスポーツを、“中東の笛”が一転させてしまった。
“アラジンの魔法のランプ”ではなく、“中東の魔法の笛”ってところか。
日本のバンドボールのエース、宮崎大輔。
200センチ近い選手がアタリマエの欧米の競技場。
小柄な彼が登場すると、最初は場内から失笑すら漏れたという。
だがしかし、そのプレイを一度見ると驚愕し、次に賞賛が沸くという。
跳躍力。垂直とび95センチの跳躍力がそれを可能にした。
自分の長所と弱点の、早期発見と工夫が功を奏したわけだ。
日本では“柔よく剛を制す”という言葉が好まれる。
元々日本という国自体が、“柔よく剛を制す”を地できた国だ。
極東の小国。資源もなく居住区域も極端に狭い。あるのは小柄な体と好奇心、そしてガッツ。
自分の長所と弱点の、早期発見と工夫、それだけでやってきた歴史ゆえか。
最近、筆者の地元の弱小スーパーの閉店が相次いでいる。
駅前にある新鮮安売りを持ち味とした店で、つい最近まで隆盛を誇りファンも多かった。
しかし、電鉄系巨大スーパーのリニューアルと安売り展開の途端に閑古鳥、あっという間に閉店へ。他の地域でも似たパターンが続出している。
「所詮、大資本には勝てないのか」といった、格差社会の閉塞感を感じる展開を見た。
しかし。
逆のパターンもある。これまた地元のラーメン屋さん。
店の外観はボロボロ。早朝、深夜の営業は一切なし、値段も別に安くはない。
すぐ隣に、某大手カレーチェーン店、牛丼チェーン店が進出している。しかし昼には、シッカリお客が並び、堂々と太刀打ちしている。
これこそ、“柔よく剛を制す”を地でいっている商売だ。
昔は日本にも、大規模店舗規制法があった。しかし、それがどんどん緩和され、地元の自然発生的な店舗がものすごい勢いで消滅しつつある。マクドナルドの100円バーガー戦略が、近隣のパン屋さんを絶滅
させてしまった。コンビニの酒類販売が、酒屋さんを壊滅させた。
都心の地元の商店街はいつのまにか、コンビニとチェーン店とFFだらけになってしまった。この手の街は、効率性があり整備され、一見整っているが、活気がない。地元への愛着がなく、ビジネスオンリーの匂いが、観葉植物のような街にさせるのだろう。
ときどき、多摩川を渡った街の商店街に出かけることがある。ここにはまだ、コンビニやチェーン店の間に、昔ながらのお店が点在している。そういう街にはまだ活気がある。地元でない人間ですら、訊ねていっても、ホッとできるぬくもりがある。
柔よく剛を制すには、自分の長所と弱点の、早期発見と工夫、そして地道な努力。それしかない。
小柄というハンデを武器にした、宮崎大輔の歩んだ道そのものだ。
しかし。心配な点もある。
あの驚異的な跳躍力は、ダメージとなって膝を最初に襲いかかるだろう。
再起不能になってからでは手遅れだ。この対処でも早期発見と工夫が必要。
そのまんま放置にしておくと大変なことになる。
・・・“そのまんま”だけに、「宮崎をどげんかせんといかん」かも。

■日本のハンドボールを変えた笛■
地味だったハンドボールというスポーツを、“中東の笛”が一転させてしまった。
“アラジンの魔法のランプ”ではなく、“中東の魔法の笛”ってところか。
日本のバンドボールのエース、宮崎大輔。
200センチ近い選手がアタリマエの欧米の競技場。
小柄な彼が登場すると、最初は場内から失笑すら漏れたという。
だがしかし、そのプレイを一度見ると驚愕し、次に賞賛が沸くという。
跳躍力。垂直とび95センチの跳躍力がそれを可能にした。
自分の長所と弱点の、早期発見と工夫が功を奏したわけだ。
日本では“柔よく剛を制す”という言葉が好まれる。
元々日本という国自体が、“柔よく剛を制す”を地できた国だ。
極東の小国。資源もなく居住区域も極端に狭い。あるのは小柄な体と好奇心、そしてガッツ。
自分の長所と弱点の、早期発見と工夫、それだけでやってきた歴史ゆえか。
最近、筆者の地元の弱小スーパーの閉店が相次いでいる。
駅前にある新鮮安売りを持ち味とした店で、つい最近まで隆盛を誇りファンも多かった。
しかし、電鉄系巨大スーパーのリニューアルと安売り展開の途端に閑古鳥、あっという間に閉店へ。他の地域でも似たパターンが続出している。
「所詮、大資本には勝てないのか」といった、格差社会の閉塞感を感じる展開を見た。
しかし。
逆のパターンもある。これまた地元のラーメン屋さん。
店の外観はボロボロ。早朝、深夜の営業は一切なし、値段も別に安くはない。
すぐ隣に、某大手カレーチェーン店、牛丼チェーン店が進出している。しかし昼には、シッカリお客が並び、堂々と太刀打ちしている。
これこそ、“柔よく剛を制す”を地でいっている商売だ。
昔は日本にも、大規模店舗規制法があった。しかし、それがどんどん緩和され、地元の自然発生的な店舗がものすごい勢いで消滅しつつある。マクドナルドの100円バーガー戦略が、近隣のパン屋さんを絶滅
させてしまった。コンビニの酒類販売が、酒屋さんを壊滅させた。
都心の地元の商店街はいつのまにか、コンビニとチェーン店とFFだらけになってしまった。この手の街は、効率性があり整備され、一見整っているが、活気がない。地元への愛着がなく、ビジネスオンリーの匂いが、観葉植物のような街にさせるのだろう。
ときどき、多摩川を渡った街の商店街に出かけることがある。ここにはまだ、コンビニやチェーン店の間に、昔ながらのお店が点在している。そういう街にはまだ活気がある。地元でない人間ですら、訊ねていっても、ホッとできるぬくもりがある。
柔よく剛を制すには、自分の長所と弱点の、早期発見と工夫、そして地道な努力。それしかない。
小柄というハンデを武器にした、宮崎大輔の歩んだ道そのものだ。
しかし。心配な点もある。
あの驚異的な跳躍力は、ダメージとなって膝を最初に襲いかかるだろう。
再起不能になってからでは手遅れだ。この対処でも早期発見と工夫が必要。
そのまんま放置にしておくと大変なことになる。
・・・“そのまんま”だけに、「宮崎をどげんかせんといかん」かも。



