
■不祥事続く守屋氏、証人喚問か■
人間が集まるところには、必ず力関係が生じ、リーダーが現れる。リーダーには“権力”が派生する。
その権力を、自分への有利に扱って欲しい人間が権力者に贈与する。これが賄賂である。
権力者の力が大きいほど、見込める利益が大きいほど、賄賂の額も大きくなり、やり方も、巧妙で組織ぐるみとなっていく。
軍事産業の場合、商品単価が莫大である。
守屋氏が、仮に万が一、非常に清廉潔白で、鉄の意志を持つ人だとしても、賄賂を贈る側は、天下の大企業。そんなもの軽く打ち破るくらいのことはするだろう。
こういう企業の場合は、営業部門に賄賂専門の課を作って備えているに違いない。
最高学府出の、賄賂専門に研究し尽くした精鋭社員を育成。日夜担当者のデータや収賄技術を研ぎ澄ませているのだ。
贈賄相手の出身、性格、趣味はじめ、好きな話題、音楽、酒、女を徹底的に調べ上げる。
ジャンルごとの担当者を置き、それぞれの方面でリサーチを重ね、ロールプレイイングをし、磨きに磨きをかけて、権力者に接するのだ。
賄賂を贈る相手が、ゴルフとレミー・マルタンと堀北真希が好きなオタクならば、マイクロミニのスカートをはいた堀北そっくりの女性を伴ってゴルフに誘い、バーでレミーを飲みながら、極上のアニメ秘話で盛り上がる・・・。何度かそれを繰り返したあと、さあ袖の下・。
世間には、あらゆる分野において“天才”がいる。
企業側も、年収数千万をもらうような贈賄の天才を何人も揃えているのだろう。
守屋のように「収賄慣れして、タカリだしたらこっちのもの」とウソぶいているに違いない。
おそらく、人類の歴史と賄賂の歴史は、同じほどあるに違いない。
いや、サル程度でも“つけどどけ”を送るくらいの知恵はあろう。すると、人類の歴史よりも賄賂の歴史のほうが長いはずだ。
ああ、賄賂。
賄賂と人類の関係は、今後どうなるっていくのか。
おそらく・・。
今後、しばらくまっすぐに進んでから、二股に別れた道をたどるだろう。
その道は十字路でもなく、三叉路でもない。Yの字型に分かれていると予想される。
これが本当の「Y路」である。はは。
権力者とは、Y路と関わる十字架を背負った人々なわけか。
十字架だけに、クロースるんでしょうね。

■神田うの、6億円の挙式■
ちょっと古いネタで恐縮です。
先週アップする予定のうのちゃんネタだったのですが、
亀田ネタを優先してしまいました。亀田騒動強し。
世の中には男と女がいる。
サディストとマゾヒストがいる。
ピッチャーとキャッチャーがいる。
それと同様に、金を稼ぐのが上手い人と、金を使うのが上手い人がいる。
金を使う人が必ずしも金を使うことが上手いとは限らない。
現に「金を稼ぐのは簡単だが、金をいかに上手に使うかのほうが難しい」と説く金持ちも存在する。
つまるところ、人間にはもって生まれた役割分担がある。それを使命と呼んだり、才能といったりするわけだ。
精神性と芸術性に特化した天才的なアーチストは、経済観念がまるでダメな人が多い。
無一文から一代でのし上がる天才的な実業家は、教養方面が弱い人が多くいる。
この両者が出会うと、強く憧れると同時に劣等感を覚える。ひきつけあうと同時に反発もする間柄となる。
豊臣秀吉と千利休の関係などはその典型だろう。
西村拓郎氏は、不動産とパチンコ業を営む実業家。
神田うのは、官僚の娘でバレエやファッションを得意とするファッションモデル出身の芸能人。
地べたにシッカリと足をつけ、せっせと金を稼ぐタイプと、砂上に夢のお城を立て、そこで優雅に振舞うタイプ。
経済の才能、芸術の才能のいずれももっていないのに、財産だけ受け継いだ場合もある。
大作曲家・リヒャルト・ワグナーに財政を好きなようにむしりとられた、国王ルードリッヒ2世のようなものだ。
財政面も才能面も、この二人のスケールになると、例え国が傾いても後に国宝級の芸術品を残すことになる。
神田うのの才能がどの程度のものかは知らない。知名度を利用した有名人の身過ぎに終わらず、旦那の財力を活かした、本当の創作を作り上げることを祈る限りだが。
ちなみに・・。
夫の西村拓郎氏はきっとボーリングが得意なのでは、と読んでいる。
ボーリングならば、不動産やパチンコ業と同様に「転がし慣れてます」。
なんてね。

■内藤大助初防衛戦、亀田大毅を破る■
亀田大毅が、世界チャンプ内藤大助に敗れた。
世界タイトル防衛戦として、マナーの点で世間を騒がせている。
だが、プロとしてのキャリアが少ない18歳が、大プレッシャーの中、百戦錬磨の33歳チャンプと戦うというのは、スゴイことだとは思っている。
とはいっても普通の18歳ボクサーではない。
幼いころからの英才教育を叩き込まれ、TBSのスター戦略にのっとったメディア子飼の花形ボクサーだ。バックについているブレーンやら、メディア戦略に抜かりはない。
●大毅にしては、年齢的にもキャリア的にも負けて当然の相手。
●内藤にとっては、勝って当然な相手。注目されるし、名前は売れる。
基本的には、両者にとってもトリコボシのないタイトルマッチではある。
しかし、それだけでは、興行としての魅力がない。
強いボクシングを見せるだけではダメ。プロスポーツは興行として成り立たなければならない。
もともと、スポーツは何の生産性もない世界であり、興行としての成立が大問題。
つまりは、メディアに取り上げてもらう必要がある。
そのためにはドラマツルギーが必要だ。キャラクターを設定して、背景を作って・・・。
そこで、両者の立場の差を浮き立たせ、そこに“遺恨”を持ってくる。
・遅咲きの苦労人、あまりパッとしない地味なチャンプ。
・ 英才教育でメディアに取り上げられているスター挑戦者という設定。
・ ゴキブリ発言等の挑発。
・ 国民的敵役を確立した「亀田ブランド」への注目。
長男の亀田高興毅少年は、実は、マジメで礼儀正しい青年らしい。
ボクシングで上位に上がるには、クレバーで繊細な人でなくてはならない。
しかし、マスコミや世間へのアピールに向けて、あのキャラクターを演じてる部分もかなり多いのではないか。
ドラマツルギーのなかでは、嫌われキャラは、好かれるキャラことと同じほど大切なタレントである。
少年三兄弟が一生懸命その役割を担おうと必死な姿を「いたいけ」に感じてしまう。
嫌われている上に昨年の疑惑の判定騒動。相当なストレスがあったに違いない。それを20歳の少年が乗り越えているというのはスゴイ。安倍晋三だったら、間違いなくゴング直前に引退していただろう。
彼らを好む好まないは別として、そういう立場を貫いていることに対して、ご苦労さんとねぎらいたい。
三兄弟のなかでも、大毅選手が、もっともボクシングへの思い入れが少ないらしい。
どうしても練習に身が入らず、それを父親に叱責さて泣きながら練習していることもしばしばだったとのこと。
素顔の大毅少年は、実はアニメ好きで、自分の部屋には萌え萌えポスターやメイド服なんぞで一杯だったりして・・。Tボランが好きだなんてウソで、初音ミクに夢中だったりして。「はやくボクシングやめてえな〜」なんてため息ついてたりして。
自分の素顔と違う姿を演じなくてはならないスターというのは、相当のストレスだろうな。気質が完全に歪んでいる父親からのプレッシャーもあるだろうし。
「苦労人」とは言われているものの、亀田兄弟よりも内藤のほうが幸せなのではないか。
好きなボクシングに純粋に打ち込んだ末に世界チャンプになったのだから。
防衛戦翌日には、美人の奥さんと祝杯を挙げたことだろう。
「凍えた大毅」を洒落て、フローズン・ダイキリなんぞを飲み干していたりして。
ま、いずれにしても、「両選手、ご苦労様」といいたいです。
今回の騒動で一番喜んでいるのはTBSだろう。ボクシング業界のように、興行と競技というダブルスタンダードに悩まされる必要はない。数字さえ取れればいいみたいだし。

■不機嫌の理由は誰も尻ません■
沢尻エリカの傲慢振りが、世間をにぎわしているようだ。
本人の性格ということもあるが、売り出す側の戦略によるところも大きいのではないか。
キャラクター設定を、「傲慢系」にしているのだろう。
ビッグマウス系ボクサー亀田興キや、数年前に話題になったロシアのミュージシャン、“TATTO”の売り出し方法に近い。
傲慢な言動によって、ある種のカリスマ性と話題性与える手法だ。
ローリング・ストーンズがデビューしたときも、クリーンなイメージのビートルズに対抗して、徹底的に不良イメージを前面に出した。暴動騒ぎが起きたり、メンバーの死などのトラブルも重なって“ワル”伝説が神秘的となり、それが商業面で大きな手助けになったことはまちがいがない。
沢尻の場合はどうなのか。
こういう傲慢なタイプの芸能人や政治家に弱い人たちというのは、案外世の中にはいるものだ。
基本的には、自己否定的なタイプで、ありのままの自分に対して引け目を感じている人が、そうなりやすい。そこに自己確信に満ちた言動をする者が現れると、思わずすがりつきたくなる仕組みだ。
しかし実は、傲慢な人というのも、深層では自分に自信を持っていない人が多く、その反動が傲慢な行動させているのだ。傲慢な人と、それに惹かれる人というのは、つまりは同人種・・。
同人種であるだけに、その連帯意識は強く、熱狂的なマニアになりやすい。
世の中の数パーセントは、そういう、「自己否定的なタイプ」が占めている。
だから、傲慢系戦略は、リスクは高いが、上手くいく可能性も高いのだ。不快な思いをさせると同時に、強いインパクトも与える。危険性が高いこの戦略に、同業他者が乗り出す可能性は低いわけだし、一度ファンになってくれると、マニアとなる可能性も高い・・。この辺は新興宗教にハマる理屈と共通している。
・・というわけで、いつの時代も、この手のキャラは後を絶たないというわけ。
だが欠点もある。このタイプは基本的には長くは続かないのだ。
インパクトは強いが、飽きられるのも早い。
だから、その途中に、上手に方向転換をして、「意外にイイヤツ」というキャラを小出しにいていくことが必要。「案外優しいところもある」「意外にいいことを言う」というかたちのファン層を徐徐に拡大していくのが得策なのだろう。
ルー大柴や飯島愛も、割合とそれに近い方法論のタレントさんだと思う。
しかし・・。
ローリングストーンズには、なんといっても実力があった。ルー大柴には、いくら傲慢風なことをいっても、そこはかとない“イイヤツ”の風味が常に漂う。
それらの「根本的なモノ」がないと、結局は長くは続かないのかもしれない。
タトゥーは話題性だけだったから、反感だけが残り、二度目の来日時は惨憺たるものになってしまった。
結局、作る側が「どれほどエリカ嬢を大切に思っているか」の問題に帰するのかもしれにない。
長期的に見ることはせず、一時的に売れれば万々歳と思っているだけなのかもしれないし・・。
今のところ、そこらへんの管理はズサンなようだ。
ま、何はともあれ、頑張ってほしいものだ。
田代まさし氏や植草氏などは、この手の女性に弱いのではないだろうか。
電車などで近くに彼女と居合わせたら、きっと、後ろから手を伸ばして、「さわ尻」なんてね。
御下劣なオチで尻つぼみ。



